「やっぱり見えんよね」

猪里が窓の外を眺めながら呟いた。
雑誌を読んでいたオレは、数秒間その背中を見つめた後薄っぺらのそれを閉じる。
そっと近寄って猪里の目線を追えば、真っ暗な空と街の明かり。それに加えて僅かな星。

「何が見えねぇNo?」
「星ばい、ほし」
「見えてるじゃん、あれとか、あっちのとか。超光ってる」

光をいくつか指差してみせると、隣からは呆れたような溜め息が聞こえた。

「そげんもん、見えてるうちに入らんと。星ってのはもっとな、夜空いーっぱいに散らばっとるもんなんよ」

ひとつひとつ指差して数えることすら出来ないような、満天の星空。都会では決して見ることの出来ないその光景を、猪里は知っている。ずっと昔から都会にいてばかりのオレは知らない。

「…オレ、生まれた時から猪里の傍にいたかったNa」
「何ね、いきなり」
「オレも猪里が昔見てたものと同じものが見たいんDa」

唇を尖らせて言ってやれば、猪里は少し間を置いてから苦笑して俺の頭を撫でた。今まで猪里のそんな顔を何人が見てきたのか。猪里の優しい笑顔や仕草を、どんな奴が傍で見ていたのか。
そんなことばかり考えていたら、余程嫉妬の色が顔に表れていたのか、ばか、と頭を叩かれる。ぺしっと力のない音がした。

「昔んこつ言ったってしょんなかやろ。ばってん、これからはいくらでも二人で同じもん見れるんやけん」
「…プロポーズ?」
「…アホ」

それなら、いつかお前の見ていた満天の星空をオレも見に行こう。
一緒に。