06, ジレンマ


少なくとも、自分は優柔不断な方ではないと思うのだ。食べ物に関しては時間をかけて悩むこともあるけれど、基本的には迷わず決める方が男らしい。その考えに伴って、どちらかを選ぶという能力には長けている筈なのだけど、食べ物以外にもう一つ例外が存在した。
原因はすべて、

「猪里、“キライ”の反対ってなんDa」
「そこの本棚に広辞苑あったけん」

古びた書物が何冊も敷き詰められた本棚を指差してやる。
ちっ、と舌打ちして雑誌に目を落とした虎鉄は、前と比べればかなり諦めが良くなったようだ。こちらとしてはしつこくない分楽なのだけど、その分答えるチャンスもなくしているからますます難易度が上がったことには気付いている。無理矢理言わされたって言い訳が使えなくなるってのに、勿体ない。
でも、俺がなかなか“好き”なんて言ってやらないから虎鉄も色々考えているようで、因みに今のだって
「嫌いの反対は?」「好き」「オレのことが?嬉しい」
ってワケで、まあ実際答えたところできっと互いに不完全燃焼。

虎鉄のことが好きだってちゃんと言ってやればいいのに、そういうことにやたらと必死になる虎鉄が不思議で理由を聞けば、つまりはそういうこと。

「オレ、愛されてんのかNa?」
「どうやろ」
「…」
「…あー、うん、心配いらんよ」
「じゃ、好き?」

言えるかどうか?
YESなら付き纏う羞恥心と、それを上回る暫しの幸福感。
NOなら多少の罪悪感と自己嫌悪、けどその分、代わりに沢山の好きを言って貰える。
前者の方が得だろうと脳は言うのに、羞恥心の壁があまりに分厚くて溜息しか出なかった。いつもこうだ。
一言でいい。口は動かない。もう、よく分からない。

「…やっぱいい」

どうせなら一気に、と息吸い込んで、これだ。

虎鉄の優しさに甘えれば甘える程言葉を伝える勇気が消えて、言いたくても言えない自分に嫌気がさした。虎鉄に言葉を貰うことが俺は大好きなのに、なかなか返してやれないなんて。

虎鉄が腰を上げて俺の頭を撫でて、額を合わせながらの「好き」をくれた。
虎鉄は、そうしてまた俺を甘やかすんだ。


2008年頃