05, 本当は、


馬鹿。とんだバカだ。俺もお前も呆れる程のバカだ。何だっていつもそうやって無茶なことばっか言うんだ。

俺の部屋はわりと殺風景で、家具と少しの小物の他はあまり物がなかった。そんな部屋で幾度甘い言葉を聞いたか。そんなのはもっと洒落たとこで言ってろ。何度も歯の浮く台詞を吹き込まれて、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような口説き文句を受け止めた。
訳の分からない複雑な口説き文句ならいいのに、俺専用に特化でもしたつもりなのか、いよいよこいつはストレートな単語で口説くことを覚えた。
このアホ、なんで俺なんかに。

「そげん台詞で、こん俺が腰砕けになるとでも思っとっとか!」
「顔、赤ぇじゃん」
「せからしか!キザトラッ」

某後輩の呼び方は適切だ。
懲りずに引っ付いてくる欲望の塊を必死に遠ざける。バカのくせして、空っぽの頭にどうしてあんなキザな言葉が浮かぶのか。

「そこらの女の子にでん囁いとれば良かよ!」
「A、ひでぇ。猪里だから言うのに」

こんなに取り乱す必要なんてないだろうに。
耳元で呟かれたら思わず真っ赤になってしまう言葉とか、単純な愛の一言すら、コイツが言うと魔法に変わる。あんまり囁かれたらボロが出るから、聞いてるこっちが…なんて言い訳しながら止めてくれと耳を塞いだ。


本当は。
本当は、言われる度にドキドキして、簡単な言葉なのに俺に向けられてるってだけで嬉しくなって、本当はしっかり効果を発揮していた虎鉄の口説き文句。
バカなのは俺の方だ。


2008年頃