01, 奥歯を噛んで


今日も俺の後ろから勢い良く飛び付いて、猫みたいに擦り寄って、重いって言うのに離れないで、

「好きだZe、猪里」
「アホ、外で言うなって何回言えば分かるとね!」

今言った“外”というのは現在騒がしい教室のことだ。自分にとっての“中”はきっと、俺達以外誰もいない空間のことを指す。
だから俺の家だとかコイツの家だとか、たまになら部室だってそうなる。

「誰も聞いてないんだからイイだRo」
「そういう問題や…っていうか、好い加減離れり」

まず、しっかりと抱きつかれているから身動きも出来ない。そもそも俺はついさっき終わった数学の授業のノートを読み返していたのに、チャイムが鳴るや否や飛び付かれて少し不機嫌だった。元々嫌いな教科なのだから復習くらいさせて欲しいのだけど、こうなってしまえばもう文字も頭を通らない。
仕方なしにノートをぱたんと閉じて、さっさと離れろと命じたが。

「オレのこと、好き?」
「…は?」
「言ってくんなきゃ離れNeぇ」

くっつかれるのはいつものことだから前よりは慣れたけど、やっぱりそういうことを口に出すのはずっと苦手だ。さっと頬に走る紅。途端に腕の力を強くするものだから呆れたが、こんなところで普段言えないことを言葉に出来るわけがない。
早くと急かす声に、でもやっぱり言えなくて、言えないことが何だか悔しくて、

「…バカ虎」
「ぁだッ!」

ぐいと腕を解いて体を反転させた後にバンダナを小突く。片手で頭を抑える虎鉄。
隙が出来て自由になると、椅子から降りてすたすたと歩いた。

「っ…ヒドいZe、猪里!」

後ろから追い掛けてくる足音をつーんとシカトして、
たった今、たった一言で自分の想いを真っ直ぐ伝えられた筈のタイミングを自ら逃してしまったことに、知らずに奥歯を噛み締めた。


2008年頃