feeling for


見るからに素朴で地味目な外見の少年が、きらきらしたショーウインドウの前で10分間程悩んでいた。彼にはどうしても似合わないような宝石のついたネックレスや、ドクロのシルバーリングなんかが並ぶ棚と、ガラス越しに睨めっこ。

「なして、こげん小っこか指輪が五千円もするとや?ゼロが一個間違っとうなら、納得もしてやれっとばってん…」

何とかしてこの馬鹿高いアクセサリーが手に入らないものかと考え込んではみたものの、こういった世界とはまるで縁のない猪里に得策は思いつかなかった。
それでも猪里がこのアクセサリーを手に入れたかったわけは、現在12月1日の19時30分。明日が唯一無二の恋人・虎鉄大河の誕生日だから、である。

猪里はここ最近ずっとこの日のことを考えていたが、相手が喜ぶようなプレゼントを選ぶのは元々少し苦手な方なのだ。それに加えて虎鉄とは性格も好みも真逆だから、余計困ってしまった。
そこで猪里は虎鉄本人にはばれないよう、自分なりに虎鉄の欲しいものに関しての探りを入れていた。本人に聞いてしまってはどうせ「おまえが欲しい」なんてアホな答えしか返ってこないだろうから、11月も半ばの頃から猪里は虎鉄の発言や行動に気を配るようにしていた。
その結果、月末のある平日昼休み。雑誌を読んでいた虎鉄の何気ない一言をキャッチしたのだ。

“こーゆーのやっぱカッコイイけどSaぁ、やっぱ欲しいのありすぎてキリねーよNa”

はぁ、虎鉄はやっぱしそういうんが好きとね。
猪里が横から覗き込んだページにはきらきらじゃらじゃらしたアクセサリーがいくつか載っていた。確かに虎鉄が好きそうなものだし、こういうのなら喜んでくれるだろうから、アクセサリーくらいなら…と小さく印刷された値段に目をやる。と。


「…もう、虎鉄はいつもこげん金掛けとったと?無駄遣いったい!」

ガラスの向こうのアクセサリーは確かに綺麗だけど、よく虎鉄が着けているものもこれくらいするんだろうか。猪里にはどんなに高く見積もっても千円くらいにしか見えない。

学生且つ部活生且つ上京中の猪里の財布にはそこまで余裕があるわけじゃないし、仕送りは毎月5日。虎鉄の為にお金を少し貯めてはおいたけど、流石にこんなちっぽけな指輪に大金(猪里にとって)を払うのは…いくらなんでも。
猪里は溜め息一つ吐いて、そろそろ時間も遅いし腹も鳴ったし、いつまでも店の前でじっとしてるのも失礼だ、と足を動かした。もっと早くに見に来ていれば代わりのものを考えて買う時間があったのだろうけど、虎鉄が早いうちに欲しいものを言わないからいけない!と心の内でこっそり八つ当たりをした。せめてもう少し安ければいいのにと店の方にも矛先を向けたが、どう考えても商品を値切ってくれそうな雰囲気ではなかったので、猪里はこの指輪を諦めるしかなかった。




「うわ、マジで貰っちゃっていいNo?」

誕生日当日、人気のある虎鉄は朝から放課後まで誰かに呼び止められては嬉しそうにしていた。自分の持ち物に金をかける虎鉄には、同じように金のかかった格好をしている友達が多い。だからおめでとうと声が掛かった中の数人からプレゼントを受け取り、更にその中のいくつかを広げてはそんな声を上げていた。勿論どれも高校生の手に届く範囲のものではあったが、中には猪里が諦めたのよりは少し安いくらいのアクセサリーや、ブランドもののマフラーやなんかも貰っていたようだ。
全部が全部高いものじゃなかったけれど、虎鉄が何か貰う度に猪里は自分の用意したプレゼントへの自信をなくしていく。

「N、どうしたYo、猪里?浮かない顔してるZe」
「え…あ、別に、何もなかよ。気にせんと…」
「Hah〜n、さては猪里ちゃんジェラシーKaい?オレはいつでも猪里のことだけ見てるからNa」

そう言って頭を撫でられるが、多分虎鉄は猪里からのプレゼントを楽しみに待っている。
が、なかなか虎鉄にそれを渡せないまま、猪里は苦笑いで一日を過ごした。虎鉄は虎鉄でずっと猪里に期待の目を向けていたから、猪里は何度も「後でな」とか、「期待せんでよ」とか返していたが、結局学校も終わって夜になってしまうともう逃げられなかった。




「Na、いつまで焦らすんだYo?」

猪里の家で、虎鉄の好物を並べたご馳走とケーキも食べ終わり、風呂に入って布団も敷いた頃。なかなかプレゼントを出す素振りを見せない猪里に、いい加減に痺れを切らした虎鉄が聞いた。

「…もしかして、プレゼントは俺っていう…」
「あー、あのな、しゃんと用意しとうばってん…な、」

頬を染め始めた虎鉄の言葉を遮ると、唇を尖らせて残念そうだ。猪里は、じゃあやらんよと言って本当にやらなくていいならそれが一番良かったのだが。
早く早くと急かす虎鉄に、猪里は本日何度目かの溜め息を吐いた。

「あの…な、本当にな、大したものやないんよ」
「うん?猪里から貰えるなら何だって嬉しいZe」

にこにこ笑う虎鉄を前に、今日一日ずっと隠していた包みをひとつ。少しよれたそれは、手作りのものを自分で包んだような小さなものだった。

「Oh!手作りなのKa?」
「…う、うん…そげん時間は掛かっとらんばってん…」

猪里が渋々と差し出すと、虎鉄はそんなに自信ないの?と少し笑いながら受け取った。見る限り、とても嬉しそうだ。きっと開けたらテンション下がるんだろうと猪里は思ったが、嬉々として開けていいか聞いてきた虎鉄を見て、もう諦めたと俯いた。
がさがさと包みを開く音がする。そんなに厳重な包装でもないから、中身はすぐに出てくるだろう。
音のしなくなった頭上で虎鉄がどんな顔しているのか、猪里は少しずつ恥ずかしくなってくる。

「…あ…のな、本当は…虎鉄の欲しがっとう、綺麗な指輪ば買うつもりやったとよ?ばってん…値段が、なぁ…」

言い訳をしながらも反応のないのが気になって、そろりと上目で様子を伺う。開いた包みを膝に置いて、虎鉄の手に摘まれた小さな指輪は、今見てもやっぱり立派なものじゃなかった。ただじっと、子供のおもちゃみたいにいびつなビーズの指輪を見つめる虎鉄。猪里はまた少し慌てる。

「ご…ごめんな、その、他に思いつかんかったん! …虎鉄はそげん子供っぽいの、いらんかな…」

虎鉄が喜んでくれるもの。アクセサリーが買えなかったから、ちょっと買ってきたビーズで作ってみるくらいしか出来なかった。他のものって言ってもバンダナをあげるにはセンスがないのはわかってるし、猪里にはこれしか思いつかなかったのだ。他に貰っていたものはあんなに素敵だったのに。
居たたまれなくて、虎鉄が顔を上げるまでは猪里も俯いていた。
が、少しして抱き締められる感覚がする。

「あ、」
「…猪里が可愛くって、どうしようかと思った」

小さな声で呟く言葉。
思わず見上げた顔は本当に幸せそうだった。頬が緩むのを抑えられない、と虎鉄は猪里をぎゅうっと抱き締める。

「え…ええ?そげんもんで、よかと…?いらんかったら…」
「いらねぇもんKa、マジで大事にするYo」
「…なして?そんなん、虎鉄の欲しがっとったのと、全然違うとよ?」
「だって猪里が…猪里がオレの欲しいもの一生懸命考えて、それで作ってくれたんだRo?嬉しくないわけねーじゃん!」

予想外の反応に猪里は戸惑いながら首を傾げる。まさか喜ばれるなんて、思わなかった。控えめに口に出すと、虎鉄はわかってねーな、と笑って猪里の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

「猪里に貰えるもんなら何でも嬉しいって、言ったRo。…ありがと。今日貰ったプレゼントの中で、猪里からのが一番嬉しいYo」

嘘のない目で愛おしそうに見つめて、小さくお礼のキスをする。
…ああ。虎鉄は嘘を吐かないし、本当に愛してくれる。歪んだ指輪も。小さな俺の努力も。
猪里は謝るのをやめて、今日ばかりは虎鉄の首に腕を回して抱き寄せた。見えないところもちゃんと全部汲み取ってくれたことが、とてつもなく嬉しかった。優しいキスの雨に身を委ねながら、猪里も一緒に笑う。


「虎鉄、…誕生日、おめでとう。」




08/12/03