ああ…しまった。よりによって今日は傘を持っていないのだった。
元から用心深い性格の俺は、毎朝欠かさずに見ている天気予報の降水確率が10%でもあったならいつも傘を持ち歩いていたし、 家を出る前に少し空の様子を伺えば、その日に雨が降るかどうかは何となく判ったりするのだけれど、 今日に限っては例の虎のおかげで寝坊して慌てて出てきたものだから。

「俺としたこつが、情けなかー」

半ば諦めて、さてどうして帰ろうかと首を捻った結果。すぐに止むとは思わないが、せめて少しでも治まるまで待ちを決め込むことにしたのだった。



「あれ猪里、まだ帰ってなかったのKa?」

とんとん、と下駄箱を叩く音がして振り返れば、補習で遅くなるから先に帰っていろと言った張本人、例の虎。 遅刻したのも傘を忘れたのも、元はと言えばこいつの所為だと睨みつける半面、あわよくばこいつの傘で帰れないかどうか目論んでいたが。

「もしかして、オレを待っててくれてたり…」
「アホ、傘があったらとっくに帰っとう」
「猪里が傘忘れ?」

珍しいと腕を組む虎鉄。確かに自分でも珍しいと思うわけなのだが、どうせこの虎だっていつものこと。 傘忘れ常習犯で毎回俺の傘に入り込む虎鉄が持っているわけがない。雨が降る度に相合傘になってしまう確立はとても高い。 もっとも、それが確信犯でないとは言い切れないけれど。
そういうわけで、この後全身濡れずにすぐ帰れるのかどうか、聞いてみようとしたところだった。

「傘ならオレ、持ってるZe」
「え」

立ち尽くす俺の前で鞄の中を引っ掻き回すと小さな折り畳み傘を取り出して、すぐに開いた流行デザインのそれ。
そのまま一歩外に出て、あっけらかんと、

「入らねえNo?」

天が零した滴の中で微笑む彼の不意打ちの上手さなんて、今に知ったことじゃないだろうに。


06/05/04