12, ぐるぐるブランケット


特に予定も用事もない休日の真昼間、 休みだろうが、いつも朝のうちには起き上がってさっさと活動を始める猪里はまだ布団の中だった。
別に腰が痛いわけでもないし、二日酔いにかかっているわけでもない。
猪里の健康状態が平常なら、眠りこける虎鉄をさっさと叩き起こして朝食、遅くとも昼食を作り出して、 きさんの所為でこげん時間になってからに、おかげで朝飯食えんかったとよ、なんてぶつくさ言いながら茶碗に白米を盛るのだ。
なのに、猪里は動かない。しかし眠っているわけでもない。目はぼんやり開いて、たまに瞼を閉じては身動きをする。
起きているなら、すぐ起きて顔を洗いに行くのが猪里の日常。
ただ、猪里の腕の中にしっかりと組み込まれて身動きの取れない虎鉄当人にはもっと訳がわからなかった。

たまたま自然と目が覚めてみればすぐ隣に密着した恋人。
もし自分から抱き寄せていたなら、まだ普段と何ら変わらぬ朝の光景。
なのに今の状況はと云えば、仰向けに寝ていた自分の腕を、横からがっしり両手でホールドされている。
ついでに肩の辺りに額なんか寄せてくっついちゃって、昼っぱらから超至近距離。
虎鉄は動揺した。
情けないことに、もし猪里のこの行動が寝惚けから来ているものとしたら、 目が覚めて我に返ったらこんな夢みたいな状況も一瞬にしてなかったことにされるんだろうかと思うと、迂闊に声もかけられない。
猪里さーん…なんて起こした途端にうわあああって飛び退かれたりなんかしたら、正直ちょっと傷付くと思う。
だからじっと動かず、ちらちら傍の様子を伺いながら、 オレはまだ寝てるからもうちょっとこのままでいてもいいですYo…なんて束の間であろう幸せを噛み締めていた。

「…………虎鉄…」

だから、唐突に名前を呼ばれて心臓が高鳴ったのを誤魔化せただろうか。
大丈夫大丈夫、寝てるから!熟睡してるから!と目を閉じて、そこの温もりを維持しようと必死に理性に急ブレーキ。
しかし、こんなアホみたいな努力は初っ端から無駄に終わっていた。

「そげんに心臓ドキドキさせよって、顔もなんとなく赤かとやし、何も隠せとらんったい」
「……」
「別に寝とうふりなんしよらんでも俺は退かんよ…」
「…………じゃ、なんでこんなくっついてくれてんNo…?」

虎鉄はアホみたいな努力をさっさとやめる。
寝惚けてんじゃないんだったら、猪里は意図的に、自分の意思で虎鉄に引っ付いて腕なんか絡めていることになる。
普段からは絶対にそんなことされない上、はっきり意思があってやっていることがわかると、虎鉄は余計混乱した。
訳を尋ねれば猪里は黙る。虎鉄の肩に顔を伏せて、気まぐれったい…と呟いた。
ますます意味がわからない。猪里は今まで気まぐれなんかでくっついてくれるような男だったか。
寧ろ、虎鉄が引っ付けば暑っ苦しいだとか、恥ずかしい真似すんなとか言うから、 世の中の恋人みたく“イチャイチャ”するのが極端に苦手だったと思ったが。

「気まぐれで、こんなべったりしてくれるのKa…?」
「……そうやけん、気にすんな」
「いや、いやいや、絶対何かあるだRo、猪里らしくねぇって!」
「俺らしいって、何ね」
「猪里はもっとこう、こんなにくっつこうモンならせからしかーっ!って、ドカバキーって!」
「虎鉄は俺に殴られたかとね?」
「違う違う、勘弁してください!…じゃなくてSaぁ、」

とにかく虎鉄は猪里の自称気まぐれが珍しくて珍しくて嬉しくて、逆に何かあるんじゃないかと疑ってしまう。
休日の真昼間から薄めの布団に包まってべったりくっつく男二人。
素直に受け止めときゃいいものを…と、猪里はこっそり舌打ちした。 普段素直じゃない分、たまぁーに気まぐれだってもいいだろうが、馬鹿野郎。

「猪里はイチャイチャすんの嫌いだったRo?」
「……嫌いやなくて苦手なだけったい。寝起きで頭回らん内に引っ付いて悪かとね?」
「…え」
「俺やってたまには引っ付きたくなるとよ、悪かとね。イチャイチャゆーんも悪くなかとか思ったらいけんとね」
「え、E、…それってつまり、」
「……わかったらさっさと、その……もっとこっち……」

もご、と言い辛そうに呟く、猪里の気まぐれ。 それ以上の言葉を言わせる前に、虎鉄は身を翻して猪里をぎゅうっと抱き締めた。
ああ、なんて可愛いんだろうオレのハニー!虎鉄は頬が緩んで口元がニヤけるのを止められない。 自分から催促なんてしたばっかりに、今よりもっとくっついて身動き出来ない猪里も、真っ赤になりながら少し笑った。
まだ日の高いうちから布団の上でイチャイチャべったり、額くっつけて。



「あー、もー、一生このままでいてぇーっ!」
「ばぁか、ずっとこんままやったら何も出来んとよ」
「…猪里、オレ今超キスしたいんだけど、できないNo?」
「………できる」


09/06/26