03, ウーッシュ!
※5年後に九州で同棲する未来虎猪

その日も、カーテンを束ねて窓を開ければ気持ちのいい風が吹き込んできた。
梅雨はいつも以上にうねる髪を直すのが面倒だけれど、曇り空が開けて太陽が差し込むようになればとてもいい季節だ。
そろそろ暑くなって蝉も鳴き出す頃だから、もう少ししたら畑の夏野菜も沢山収穫出来るだろう。
今年も甘いトマトが採れれば、甘党の綻ぶ顔が見られる。

見慣れた山々の背景に背を向け、掛け布団も足元へ丸めて眠りこける男にずかずかと歩み寄る。
腹出して見っとも無い。朝が苦手なのは昔から変わらないのだ。
軽く爪先で蹴ってやりながら、叩き起こすのは毎朝の日課になる。
尤も、元都会者のこいつには、この時間帯に起きるのは確かに辛いだろうな、と少し同情する午前6時。
しかしこれでも実家より遅いのだ。農家の朝は早いと言ったら、頑張りますと親指立てたくせして。

「虎鉄。朝ったい。さっさと起きて朝飯とよ」

ぐりぐりと腰の辺りを足で攻撃すると、魘されたような声でううう、と唸った。
手足縮めて枕に顔を埋める。これはまだ起きない気だ。このまま放っとけば数秒しないうちにまた熟睡だろう。
こっちに来てから就寝時間は以前より早くなったが、毎日の労働ですぐ疲れるらしい。非力め、とこっそり悪態付いた。

「早く起きんと、俺が全部食っちゃるけんね。きさんは一日腹空かして労働ったい」
「……やーだー…」
「したら、早よ起きんしゃい」

蹴るのをやめて、部屋の角の箪笥から適当に服を引っ張り出した。
未だ起きる気配のない虎鉄の存在は最早気にもせず、手早く着替えて寝巻きを纏めて腕に抱える。
先に一階へ下りて、洗濯篭にそれを突っ込んでから洗面台で顔を洗う。
うっすら汗ばんでべたついた首元まで水をかけて、置いてあったタオルで大雑把に拭いた。
それから家中のカーテンを開けて回り、台所の冷蔵庫の中身を確認してから朝食を決める。
必要な野菜だけ取り出して流しに揃えて置いてから、外の郵便受けへ朝刊を取りに行った。
再び二階への階段を上がりながら今日の天気だけ読み流し、くるくる丸めて布団が敷かれたままの部屋へずかずか上がる。
さっきと一寸変わらない格好で寝息を立てる黒髪に、すぱんっ!と硬い新聞紙を振り下ろした。

「痛ッ…て…!」
「早よ起きんね言うとろーがっ!布団片付けられんっちゃろ!」
「だからっていきなり殴るこたNe−だろーが…!」
「きさんが起きんのが悪いったい」
「じゃー寝起きのキス」
「…何?」

一睨みすれば唇を尖らせて(これは拗ねる方の意味だ)、今度は両手を俺に向かって伸ばしてくる。
起こしてなんかやらないからな、と腕を組めば、シャツの裾をぐっと掴まれ、思い切り引き込まれてバランスを崩した。
思わず声を上げて布団に片手を付けば、そのままぎゅうと抱き込まれて身動きが取れない。
いくつになってもこんなだ。

「あ、危なか!何考えと…っ」
「名前で呼んでYo、猛臣ちゃん。そしたら起きて布団片すからSa」

頬にキスなんかされて、抱き締められちゃって。一瞬だけ思考が止まるが、すぐ呆れた。
盛大な溜息はこういう我侭ばかりの虎鉄に向けたものでもあり、甘やかす自分に向けてもいた。

「……早よ起き、大河」
「んー、もうちょっと色気のある…」
「文句付けっとね?やっぱし朝食抜いちゃろーか…」
「いや、ごめん、充分でSu」

ぱっと腕が離れた隙に起き上がり、放られて丸まった新聞を真っ直ぐ伸ばして拾った。
布団から起き上がる音。毎朝手のかかる男だなぁ、と思いながらも、満更でもないような気分で階段を下りる。
後ろから聞こえた「可愛かった、サンキュ」の声に照れる頬を、ぱしっと両手で叩いた。


09/06/24